DRC

Domaine de la Romanee-Conti
世界最高のワインを作る生産者。
作るワインはすべてグラン・クリュだが近年ヴォーヌ・ロマネのプルミエ・クリュをグラン・クリュの葡萄を格下げして数回作っている。
よって、所有するヴォーヌ・ロマネ村のプルミエクリュ2ヶ所とバタール・モンラッシェは樽まで詰めた後ネゴシアンに売却される。ラ・ターシェとロマネ・コンティはこのドメーヌのモノポール(単独所有)畑。

最高のワインを作るる情熱は凄まじいもので、雹が降った後に腐敗した葡萄をピンセットで取り除いた事もある。
ラ・ターシュは1970年代の不作の時に瓶詰めしなかった年もある。
このように手間隙かけて作るから決して潤沢な資金があるわけでもない。
1980年代後半にマーレイ・モンジュ家から借りていた畑を購入する時はエシェゾーの一部を売却し、プルミエクリュの区画はルロワ家の個人ドメーヌ(プリューレ・ロック)に売却して資金を調達した。
現在でもDRCのロマネ・サン・ヴィヴァンのボトルにはマーレイ・モンジュと書いてあるボトルと書いていないボトルがあるのは上記の区画によるものか?

大変高価なワインだし、飲み頃を迎えないと二千円程度のワインと違いがわからない為プリムールでは飲まない事。

過去にエシェゾー1996と1997
リシュブール1993
ラ・ターシュ1992
ロマネ・サン・ヴィヴァン1994
を飲んだ。
飲み頃のタイミングから一番素晴らしい状態だったのはロマネ・サン・ヴィヴァン1994
よくロマネ・サン・ヴィヴァンは繊細の極みなんて言われるが猛々と香を出していた。

ヴィレーヌ家とルロワ家によって共同経営され現在はオーベール・ド・ヴィレーヌとアンリ・フレデリック・ロックが共同経営者。


有名なルロワ家のラルー・ビーズ・ルロワが解任されたのはDRCで輸出の責任者をしていたが、管理が甘くアメリカの正規代理店ウィルソン・ダニエルズ社が経営難になった事。
当時はアメリカとイギリスにはヴィレーヌ家が販売権をその他各国にはルロワ家が販売権を有していた。
ロマネ・コンティ社は各国に平等に行き渡るように抱き合わせ販売をして、ロマネ・コンティ1本に対してラターシュ○本リシュブール○本…としていた。
にもかかわらず、第3国を経由してルロワ輸出のロマネ・コンティより下のランクのワインが米国市場へ大量に出回り解任された。

その他、DRCを訪れた批評家をその後にドメーヌ・ルロワへ招きルロワの方が優れていると言ったとか言わないとか…真意の程は不明。

ルロワについてはいずれ書く

DRCは、サンヴィヴァン修道院の修復の資金捻出のために、カーヴ・ド・オジェ、ブルゴーニュ・オート・コート・ド・ニュイ、ブランを生産している。
ユーロ圏では30ユーロらしいが日本国内では¥15000程度で販売されているのは残念だ。

ロマネ・コンティ社のワインは飲み頃になるとロマネ・コンティの魂を感じる。


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by urochiiko | 2012-10-11 09:00 | 日記


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