フォーミュラ・ワンチームの歴史③

ウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリングはフランク・ウィリアムズとパトリック・ヘッドによって運営されてきた。

ウィリアムズチームが脚光を浴びたのはホンダターボエンジンを搭載し活躍が始まる1985年以降。
1987年までホンダターボエンジンを搭載した。
アグレッシブなナイジェル・マンセルとテクニシャンなネルソン・ピケのコンビ。
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1988以降はホンダと袂を別ちジョン・ジャッドが率いるノーマルアスピレーション(NA)ジャッドエンジンを搭載する。
このエンジンはホンダフォーミュラ・3000で使われているエンジンを手本に作られた。

その後、ルノーがエンジン供給で復帰するのに合わせてエンジンはルノーのワークスになる。
これが第二期黄金期でジャック・ヴィルヌーブやナイジェル・マンセル、アラン・プロストにデイモン・ヒルが活躍する。
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当時は馬力を上げるには多気筒化が良いと考えられ8気筒より10気筒、12気筒とエンジン開発がされていた。
確かに馬力を上げるには12気筒だが、問題もある。それは、多気筒による重量増による前後バランスの悪化とエンジン長が長くなりホイールベースも長くなる。
そして燃費の悪化…

ルノーは馬力も重要だがトータルパッケージとしてベストなエンジンを開発していく。
10気筒にこだわったのは上記のデメリットとメリットを差し引いた結果。
しかし10気筒にも問題はある。片側奇数の気筒は振動が出やすいのと排気干渉がある。
これは、設計時に最適な72度バンクを設定しストレスの少ないエンジン開発を続けた。

また、この頃は専門技術に長けているメカクローム社と提携しエンジンの組み立てを依頼し、その業務軽減された分ルノー自体は開発に傾注出来たのも大きい。

さて、ウィリアムズに話を戻そう。

ウィリアムズはあくまでエンジニアリングとしての組織を貫いている。
それは近年のチームのようにワークスエンジンを搭載するトータルパッケージ車両を超えて株式の持ち株比率や投資には手を出していない。
あくまで、独立したエンジニアリング。

理由はフランク・ウィリアムズのみ知る事だがエンジニアリング組織としては世界最高峰。レーシングコンストラクターとなると現在はワールドチャンピオンになるものがかけている。

そのエンジニアリング面を紹介する。

技術の販売で有名なのは1998年にニッサンチームがル・マン24時間耐久レースで星野一義組が3位表彰台に上がったR390―GT1に搭載されたABSとトラクションコントロールはウィリアムズ・エンジニアリングが開発したものを購入している。
私自身は星野一義氏とこの事について話した事がある。
記憶の範囲をさかのぼり要約すると、『もう、とんでもない技術。今までよりもっと奥にブレーキングポイントを持っていってもコーナー手前で減速しきっちゃうから、もっと奥にしないといけない。これじゃ止まれないと言うポイントでブレーキを踏むから恐怖でたまらないが、4輪のブレーキ制御が素晴らしいから止まるし曲がるわけ、そしてアクセル全開でホイルスピンせずフル加速するんだから』っと興奮気味に星野氏は説明してくれた。
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1998年にはBMWと共同でBMW・V12 LMを開発し、シュニッツァー・モータースポーツによって、ル・マン24時間耐久レースに参戦している。

国際自動車連盟(FIA)が2009年から復活させたフォーミュラ2(F2)用のシャーシ設計を行った。


また、現在アウディがル・マン24時間耐久レースに使用する車両のE―TRONクワトロもウィリアムズ・エンジニアリングが開発したもの。
2012年にハイブリッドカーで総合優勝を飾っている。
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by urochiiko | 2013-05-25 07:50 | 日記


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