スキー場の環境

私は両親がスキーをしていたから、必然的にスキーをする環境だった。

ちなみに、私の母は昭和30年代半ばには既に夜行列車に乗ってスキーに行ったと言う。
雪の降る環境にない場所に住んでいる者としては早い時期だったと思う。

下記に書くのは私の経験だから昭和50年代以降の話し。
内容の中心はスキー場について

この頃になるとスキー場はずいぶんあって現在より多い。そして、スキーをやる人口も多かった。
スキー場の環境は圧雪をしないから前日降った雪をみんなで斜滑降をしたりして退かしながら滑った。
当然、圧雪されないからリフト乗り場は高い位置にありスキー板を横にして上がらなければならず初心者はスッテンコロリンで難関だったと思う。
リフトも一人乗りが大半でペアリフトも少なかった。なにより、リフト券は一日券は無く回数券で昔の電車の切符切りのようにはさみを入れていた。
これは、スキーブームの前。

これから、スキー場は客の効率化が始まりゲレンデは状況に応じて圧雪(ピステン)を入れるようになった。
これは、時代の流れと言うかコンサルタントがそのように仕組み、利用客がより滑るようにして一日券が普及してきた。
また、小さなスキー場は隣のスキー場と連絡路を作り共通リフト券を発券するようになる。
ゲレンデ整備がされるようになった時期に平行してリフトはペアリフトや高速クワッドリフトが普及してきた。
ゲレンデの食堂もカレーとラーメン以外もメニューされるようになった。

また、雪は降らないが寒く晴天率が高い場所では人工降雪機で雪を作りスキー場経営も盛んになった。

この頃がスキー場経営のピークになり来場者も最も多い時期で雪の無い地域からスキーをしに行くのがステータスだった。
スキー場の近くにはお土産屋さんがいくつも出来たしツアーバスがいくつも出ていた。
これがバブル経済まで。


アメリカやカナダで盛んなスノーボードが流行り始めスキーと共存していく環境になる。
タイミング悪く経済状況の悪化から企業はリストラに走り余暇と言う概念が薄れてきた。
スキー場来場者の減少とバブル期に過剰な投資が仇となりスキー場経営は悪化していく。
しかし、ゲレンデ整備は以前より確実に整備されるようになった。
スキー場は経営の圧縮と収益改善につとめ一部リフトの運行を取り止めたりレストハウスの集約をしたり、人員効率を改善するようになるとスキー場の名前は同じだが経営母体が変わるようになってきた。
当時スキー場を起業した企業も収益改善で手放さざるえなくなり、スキー場経営をした事の無い企業が買収し良くも悪くもなった。
こうなると、スキー場を廃業するようにもなりいくつものスキー場が閉鎖された。

現在もスキー場経営は大変なようでグリーンシーズンの方が収益を上げている場所も少なくない。

そして、経営母体が変わって営業スタイルも変わったスキー場もあれば営業スタイルを変えずにしているスキー場もある。
今日のスキー場を見ているとそのスキー場スタイルが確立されてきたようだ。

現在のスキー人口と収益ではギリギリの経営ラインだと思う。できればリフトの掛け替えなど設備投資をしたい所なのだろうがスキー場経営はそんな余裕は無い。

この素晴らしいスポーツを続けていく為に是非とも頑張って頂きたい。


最後に予断を
スキー場のリフトは従来型のリフトと高速リフトと言って乗り降りする場所と移動する為のワイヤーが別のタイプがある。
みんな高速リフトが早いからと集中して行列ができたりする。
リフトの輸送能力は法律で決まっており、その能力を超えた運転はされない。
よって高速クワッド(4人乗り)と従来型クワッド(4人乗り)リフトで比較してみるとリフト搬機の間隔が高速になるとより間隔があいて乗車数が下がるようになっている。
したがって、高速リフトに乗る為に何分も待っている。もしくは4人乗りなのに乗車率が悪ければ高速リフトに乗るメリットはない。
これは、ゴンドラリフトも全く同じ。
ゴンドラリフトに乗る為に休日は30分以上待っているのを見かけるが、待ち時間と乗っている時間を含めると山頂まで余計な時間がかかり『ゴンドラリフトに乗る』と言うメリット以外無い。

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by urochiiko | 2013-01-13 08:00 | 日記


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