ミッシェル・グロと一族

私は以前からミッシェル・グロのワインが大好き。
世の中の流行に流されず、いつも実直に造っているし蔵出し価格の値上げもほとんどしていない。
そしてワインはヴィンテージの影響をあまり受けない安定したもの。
グロ一族はヴォーヌ・ロマネ村を代表する生産者。
ミッシェル・グロはその直系にあり父のジャン・グロを引き継いでいる。
ジャン・グロと言えばリシュブールだがミッシェル・グロは所有していない。(詳細は後述)先祖に目を向ければルイ・グロ、アルフォンス・グロにたどり着く。
ミッシェルの弟はベルナール・グロだ。ドメーヌ・グロ・フレール・エ・セールを運営している。
ベルナールはギュスターブとコレット・グロに子供がいなかったのでそのドメーヌをそっくり受け継いでいる。ちなみに、フレール・セールは兄弟と姉妹の意だったと思う。
彼はとてもおおらかで新しいものが好きな性格で、それがワインにも出ている。フラッグシップはリシュブールとグラン・エシェゾー。若いヴィンテージからそのポテンシャルがわかる。
2000年頃に数年かけてミッシェルとベルナールのワインは全部飲んだ。

A・Fグロはアンヌ・フランソワー・グロの略でミッシェルの妹。
ジャン・グロの引退に伴い畑を相続するに当たりリシュブールを筆頭に選んだ。彼女は現在、ポマール村のドメーヌ・パランと結婚したから名前はアンヌ・パランになっている。

もう一人グロがいる。
現在のアンヌ・グロだ。
彼女のお父さんはフランソワ・グロでジャンの兄弟。フランソワ・グロ→アンヌ・エ・フランソワ・グロ→アンヌ・グロにドメーヌの名前が変わっている。
彼女は若い時にオーストラリアのペンフォールズワイナリーに行って研修をしており、その近代的な生産の仕方をブルゴーニュで取り入れた先駆者でもある。

さて、話をワインに戻そう。
ミッシェル・グロはジャン・グロの時代から実質ドメーヌを運営していた。ジャンはうさぎを飼ったりするのが好きだったようで、あのジャン・グロのリシュブールを含む1975年以降はミッシェルの作品だ。
ミッシェルになりエチケットのデザインが途中から大きく変わった。また、ワイン専門誌に取り上げられても、その変わらぬスタイルから価格も安定している。これには彼の考えがあって、一つの国に複数のインポーターをつける事で独占プレミア価格にならないようにしている。
ミッシェルのフラッグシップはクロ・ヴージョ、グラン・モーペルテュイとモノポールのプルミエ・クリュ、クロ・デ・レアだ。
この価格帯で素晴らしい出来栄え。非常に完成度が高くプレミア価格が付かないからグロ愛好家があっという間に買い占めてしまう。

他にもオーブリュレやニュイ・サンジョルジュ村、シャンボール・ミュジニーにも区画がある。
ミッシェルはただのブルゴーニュ、リージョンでも安定してどれを飲んでもミッシェルポリシーがわかる。オート・コート・ド・ニュイの開拓にも一役かった。私は毎年、ブルゴーニュかオート・コート・ド・ニュイはまとめて数ケース買っている。
また、この記事を書いてミッシェルのフラッグシップを飲んでみたいと思っている。
グロ・フレール・エ・セールは大らかなワイン。リシュブールともなると、香の要素満開である。
ベルナールのワインを飲むとワイン作りを楽しんでいるように感じる。
先日、最新ヴィンテージのヴォーヌ・ロマネを飲んだ。わかりやすく、良く出来たワイン。
この時、その前にオート・コート・ド・ニュイを飲んだがもうちょっと良く出来て良いはずだ。
ボトル差か?
A・Fグロとアンヌ・グロは最近飲まなくなった。
A・Fグロはちょっと弱い感じだしアンヌ・グロは値段が高い。

そして、何より私はミッシェル・グロの大ファンだからついミッシェルばかり買っている。

(添付画像はいつも利用するレストランでボランジェとミッシェル・グロ、クロ・デ・レア1997モノポール。余韻の長い素晴らしいワインだった。2009年2月2日の事)

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by urochiiko | 2012-10-27 08:05 | 日記


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